名古屋城(なごやじょう)は、尾張国愛知郡名古屋にあった城郭。尾張徳川家17代の居城。金鯱城、金城ともいう。城址は、現在の愛知県名古屋市中区・北区の名城公園。
名古屋城は、大坂城、熊本城とともに日本三名城に並び称される名城である。天守に取り付けられた金の鯱(金鯱(きんこ))は、城だけでなく名古屋の町の象徴にもなっている。城地は織田信長誕生の城とされる今川氏・織田氏の那古野城(なごやじょう)の故地で、この城はのちの名古屋城二の丸の位置にあったとされる。
名古屋市は恩賜元離宮として名古屋城を市民に一般公開し、また建造物や障壁画は国宝(旧国宝)に指定された。しかし昭和20年(1945年)5月14日の名古屋空襲の際、本丸御殿、大天守、小天守、東北隅櫓、正門、金鯱などに焼夷弾の直撃を受けて大火災を起こし焼失してしまった。
戦後、三の丸を除く城址は、北東にあった低湿地跡と併せ名城公園とされた。園内には、戦災を免れた3つの櫓と3つの門、二の丸庭園の一部が保存された。また、一部の堀が埋め立てられるなど改変も受けているが、土塁・堀・門の桝形などは三の丸を含めて比較的よく残されている。
天守は、昭和34年(1959年)に再建されて、復元された金鯱とともに名古屋市のシンボルとなった。一対に使用された金の重量は88kgである。
熱田神宮(あつたじんぐう)
熱田神宮(あつたじんぐう)は、愛知県名古屋市熱田区にある神社である。
祭神は熱田大神であり、三種の神器の一つである草薙剣(くさなぎのつるぎ。天叢雲剣)を神体としている。剣は壇ノ浦の戦いで遺失したとも、神宮に保管されたままとも言われている。
相殿には、天照大神、素盞鳴尊(すさのおのみこと)、日本武尊、宮簀媛命、建稲種命(たけいなだねのみこと)と草薙剣に縁のある神が祀られている。素盞鳴尊は、ヤマタノオロチ退治の際に、ヤマタノオロチの尾の中から草薙剣を発見し、天照大神に献上した。天照大神は、その草薙の剣を天孫降臨の際に迩迩芸命(ににぎのみこと)に授けた。
日本武尊は、草薙剣を持って蝦夷征伐を行い活躍したあと、妃の宮簀媛命のもとに預けた。宮簀媛命は、熱田の地を卜定して草薙剣を祀った。建稲種命は宮簀媛命の兄で、日本武尊の蝦夷征伐に副将として従軍した。
創建は不詳だが、景行天皇朝には、すでに土着の信仰神として存在していたらしい。官幣大社、式内社(名神大)で、建物は伊勢神宮と同じ神明造であるが、明治26年(1893年)までは尾張造と呼ばれる独特の建築様式であった。
社務所に当たる組織は熱田神宮宮庁と呼ぶ。その他施設に、宝物館、熱田神宮会館。熱田神宮の敷地内には愛知県神社庁がある。
祭神は熱田大神であり、三種の神器の一つである草薙剣(くさなぎのつるぎ。天叢雲剣)を神体としている。剣は壇ノ浦の戦いで遺失したとも、神宮に保管されたままとも言われている。
相殿には、天照大神、素盞鳴尊(すさのおのみこと)、日本武尊、宮簀媛命、建稲種命(たけいなだねのみこと)と草薙剣に縁のある神が祀られている。素盞鳴尊は、ヤマタノオロチ退治の際に、ヤマタノオロチの尾の中から草薙剣を発見し、天照大神に献上した。天照大神は、その草薙の剣を天孫降臨の際に迩迩芸命(ににぎのみこと)に授けた。
日本武尊は、草薙剣を持って蝦夷征伐を行い活躍したあと、妃の宮簀媛命のもとに預けた。宮簀媛命は、熱田の地を卜定して草薙剣を祀った。建稲種命は宮簀媛命の兄で、日本武尊の蝦夷征伐に副将として従軍した。
創建は不詳だが、景行天皇朝には、すでに土着の信仰神として存在していたらしい。官幣大社、式内社(名神大)で、建物は伊勢神宮と同じ神明造であるが、明治26年(1893年)までは尾張造と呼ばれる独特の建築様式であった。
社務所に当たる組織は熱田神宮宮庁と呼ぶ。その他施設に、宝物館、熱田神宮会館。熱田神宮の敷地内には愛知県神社庁がある。
| 観光名所
大須観音(おおすかんのん)
大須観音(おおすかんのん)は、愛知県名古屋市中区大須にある真言宗の寺院。真言宗智山派の別格本山となっている。
本尊は聖観音。寺号は詳しくは「北野山真福寺宝生院(ほうしょういん)」と称し、宗教法人としての公称は「宝生院」だが、一般には大須観音の名で知られる。
日本三大観音の1つとも言われる観音霊場である。名古屋七福神の一である布袋尊を安置する。寺内に、『古事記』の最古写本をはじめとする貴重書を多数蔵する「真福寺文庫」がある。
<真福寺文庫(大須文庫)>
大須観音にある文庫(図書館)。醍醐寺、根来寺と共に日本三経蔵の1つ。あるいは仁和寺、根来寺と共に本朝三文庫の1つと称される。15,000冊もの古典籍を所蔵。
書誌学の世界では真福寺本、大須本と言う。国宝の『古事記』は「真福寺本古事記」として知られ、同書の現存最古の写本である。
元亨4年(1324年)に後醍醐天皇が大須郷(岐阜県羽島市大須)に北野天満宮を創建。元弘3年(1333年)に同社の別当寺として僧能信が創建した真福寺が当寺の始まりである。
本尊は聖観音。寺号は詳しくは「北野山真福寺宝生院(ほうしょういん)」と称し、宗教法人としての公称は「宝生院」だが、一般には大須観音の名で知られる。
日本三大観音の1つとも言われる観音霊場である。名古屋七福神の一である布袋尊を安置する。寺内に、『古事記』の最古写本をはじめとする貴重書を多数蔵する「真福寺文庫」がある。
<真福寺文庫(大須文庫)>
大須観音にある文庫(図書館)。醍醐寺、根来寺と共に日本三経蔵の1つ。あるいは仁和寺、根来寺と共に本朝三文庫の1つと称される。15,000冊もの古典籍を所蔵。
書誌学の世界では真福寺本、大須本と言う。国宝の『古事記』は「真福寺本古事記」として知られ、同書の現存最古の写本である。
元亨4年(1324年)に後醍醐天皇が大須郷(岐阜県羽島市大須)に北野天満宮を創建。元弘3年(1333年)に同社の別当寺として僧能信が創建した真福寺が当寺の始まりである。
| 観光名所
名古屋名物ういろう
<名前の由来>
およそ600年前の中国が元の時代、礼部員外郎(れいほうえんういろう) という薬の調達をする官職にあった陳宗敬(自ら陳外郎と称した)が、日本に帰化し、せきや痰に効く薬を伝えた。その子宗奇は室町幕府三代将軍の足利義満に招かれこの家伝の薬を作り「透頂香」あるいは「ういろう」と呼んだ。
また、客を接待するためにお菓子の製法も伝えたが、それが黒色・四角で「透頂香」と似ていたところからお菓子の方も「ういろう」と呼ばれるようになりました。
<名古屋名物ういろう>
ういろうは名古屋地域では1659年(万治2年)頃から作られていたようですが、昭和6年に青柳ういろうの拡販をはかり 名古屋駅構内とプラットホームの立ち売りを開始、昭和12年に汎太平洋博で新築された国鉄名古屋駅で名古屋名物として売られました。
昭和27年には竹皮包みからアルミ箔のラミネート包装にし高圧滅菌する製法になり、日保ちが良くなりました。
昭和38年に現在と同じようなフイルム包装に自動注入するオートメーション設備が完成。翌39年に東海道新幹線が開通すると、名古屋では青柳ういろう一店だけが選ばれ、全列車内での車内販売を開始。このように技術革新と販路の拡大で名古屋名物が定着しました。
およそ600年前の中国が元の時代、礼部員外郎(れいほうえんういろう) という薬の調達をする官職にあった陳宗敬(自ら陳外郎と称した)が、日本に帰化し、せきや痰に効く薬を伝えた。その子宗奇は室町幕府三代将軍の足利義満に招かれこの家伝の薬を作り「透頂香」あるいは「ういろう」と呼んだ。
また、客を接待するためにお菓子の製法も伝えたが、それが黒色・四角で「透頂香」と似ていたところからお菓子の方も「ういろう」と呼ばれるようになりました。
<名古屋名物ういろう>
ういろうは名古屋地域では1659年(万治2年)頃から作られていたようですが、昭和6年に青柳ういろうの拡販をはかり 名古屋駅構内とプラットホームの立ち売りを開始、昭和12年に汎太平洋博で新築された国鉄名古屋駅で名古屋名物として売られました。
昭和27年には竹皮包みからアルミ箔のラミネート包装にし高圧滅菌する製法になり、日保ちが良くなりました。
昭和38年に現在と同じようなフイルム包装に自動注入するオートメーション設備が完成。翌39年に東海道新幹線が開通すると、名古屋では青柳ういろう一店だけが選ばれ、全列車内での車内販売を開始。このように技術革新と販路の拡大で名古屋名物が定着しました。
| 名物
名古屋港イタリア村(なごやこういたりあむら)
名古屋港イタリア村(なごやこういたりあむら)は愛知県名古屋市港区港町の名古屋港ガーデンふ頭にある、セラヴィリゾート株式会社が運営する複合商業施設である。
2005年5月27日に名古屋市と姉妹都市提携を結んだイタリアのトリノ市との友好の一環として先立ち、セラヴィリゾート・名古屋市・愛知県・名古屋港管理組合の1社3団体が中心となって2005年4月2日に名古屋港管理組合が建築物オーナー、名古屋港イタリア村株式会社をデベロッパーとし開村を迎えた。
名古屋港ガーデンふ頭の東、旧日本通運倉庫跡地(敷地面積約31,000?)にイタリアのヴェネチア(ヴェネツィア)を景観をした建物が並び、「ショッピングゾーン」・「エントランスゾーン」・「クレールベイサイドイタリア村(一部建設中)」・「ヴェネチアンガラス美術館」の4つのエリアに分けられ、80の専門店が出店している。
また村内には本場イタリアから輸入されたゴンドラに実際に有料で乗る事ができ、ミケランジェロのダビデ像のレプリカ、サンタ・マリア・イン・コスメディン教会の真実の口広場にある真実の口のレプリカなどが設置されている。
2005年5月27日に名古屋市と姉妹都市提携を結んだイタリアのトリノ市との友好の一環として先立ち、セラヴィリゾート・名古屋市・愛知県・名古屋港管理組合の1社3団体が中心となって2005年4月2日に名古屋港管理組合が建築物オーナー、名古屋港イタリア村株式会社をデベロッパーとし開村を迎えた。
名古屋港ガーデンふ頭の東、旧日本通運倉庫跡地(敷地面積約31,000?)にイタリアのヴェネチア(ヴェネツィア)を景観をした建物が並び、「ショッピングゾーン」・「エントランスゾーン」・「クレールベイサイドイタリア村(一部建設中)」・「ヴェネチアンガラス美術館」の4つのエリアに分けられ、80の専門店が出店している。
また村内には本場イタリアから輸入されたゴンドラに実際に有料で乗る事ができ、ミケランジェロのダビデ像のレプリカ、サンタ・マリア・イン・コスメディン教会の真実の口広場にある真実の口のレプリカなどが設置されている。
| 観光名所